わかっている

書くのはもう辞めようと思い、2022年の12月で十数年続けてきたブログを終わりにし、本にして手元に残した。

ブログ自体は削除した。

 

でもなんだか、生きがいがひとつなくなったように思う。

SNSやnoteでは本心を書くことができなかった。

他人からの批判を恐れているから。

批判とまではいかなくとも、嫌われるのが怖くて次第に投稿が難しくなってきた。

だんまりを決め込めたらよかったのだが、十数年続けてきた習慣を変えるのは難しかった。

それに加えて、文を書く機会が減ることでもっと頭が悪くなるのが怖かった。

自分の数少ない好きな部分が消えるのが怖かった。

文も書けなくなったら、もう本当に何もできないゴミカスになってしまう。

 

そういうわけでまた始めたい。

今度はひっそりとやっていきたい。

 

 

最近の私の見てくれは、赤ら顔の肥満体障害者、という感じ。

B型作業所にいそうな風貌。

いそう、というか実際に通所していたからわかる、こういう人は絶対一人はいる。

他撮りの写真には毎度ショックを受けるが、最新の写真はまさに障害者という感じで嫌になった。

痩せたい。

風貌が醜いというのもあるが、近頃は物理的に体がきついという理由で痩せたい。

動くのに一苦労。

階段を上がるだけで息切れ。

腰痛や足のむくみもつらい。

中性脂肪の値も酷く、薬を飲まないといけなくなった。

これだけボロボロになってもなお、過食がやめられない。

他に救いがないから。

 

ここ数年で明らかに鬱も体型も悪化しており、未来に希望を持つことができない。

下り坂一方の人生だろうと諦めてしまった。

 

10年間鬱をやっていることには呆れ果てた。

PTSDでもなんでもないのに、いつまで過去のことを思い出してしまうのだろう。

いじめ、虐待、パワハラ、セクハラ、ストーカー。

その他色んな加害をなーんにも受けたことがないのに、なぜグズグズ鬱をやっているのだろうか。

自分が全部悪かったのだろうな。

努力不足。

前の精神科医にもそう言われたからそうなんだろう。

楽なほうヘ楽なほうへ流れた結果のコレ。

仕方ないか。